爪を12年間かじっていた私が、深爪を治してカウンセラーになるまで。〜修行中〜

理系大学出身、爪をかじる癖がどうしても12年間治らなかった筆者が、カウンセラーを目指すことをきっかけにして深爪を治した経験を元に、自分の心の向き合い方と爪を噛んでしまう心理について考えるブログです。

カウンセラーを目指そう その①:聞き上手

こんにちは、ぴゅーです。

 

 

最近薄々気づいてたんですが…

ブログのタイトル…

「〜カウンセラーを目指すまで。」って、もう終わっちゃってんじゃん。

と思ったので、ちょっとだけ変えました。 

カウンセラーになったらまたタイトル変えるぞっ!!!

 

 

 

さて、今日から

カウンセラーになろう!と思ってからの話を、少しさせて頂きます。

続きを開いてくださる方、本当にありがとうございます。

 

 

 

カウンセラーになろう、と

何の根拠もなく、とにかく誓った私が

最初に考えたのは、

「聞き上手にならなきゃいけない」ということでした。

 

 

とにかく、

人の話をずっと聞いてて苦痛を感じるようじゃ

カウンセラーになれない!

まずここからなんとかしなきゃ駄目だ!(心の声)

 

…当たり前ですね(^^;

人の話を聞くのがそもそも嫌だったら、仕事にならない。

 

 

 

 

当時、まだメンタルが荒れてたということもあるのですが。

私は大概、

喋りたくてしょうがない!

自分の話をさせてくれ!

って感じの人でした。

友達を捕まえて、

私を理解してくれよ!って思いながら喋ってました。

ガチの喋りたがりです。

 

…よくこんな状態で

カウンセラーになるとか思えたな、私(・・;

 

まぁ、夢を撤回するという選択肢は全くありませんでしたが。

当時の友達、本当にごめん。

 

 

 

 

 

ひとまず、読書が大好きな私は

何冊か本を買って、読んでみました。

 

 

で…どの本を読んだ時にか忘れちゃったんですが、

めっちゃ話したがりだった私でも、

急に聴きたがりになった、きっかけを当時ひとつ見つけました(^^)

そのきっかけとは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解釈のずれについての考え方。

以下、私が最近会った人によく説明している内容です。

 

 

 

 

 

突然ですが、

皆さんは

『諦める』というワードを聞いた時に、

まず何を連想しますか?

 

大概の人は

「テスト勉強をしていたが、もう明け方になったので諦めた」

「電車に乗ろうと走っていたが、途中で疲れてしまったので諦めた」

「諦めの悪いやつ」

などなど、

基本的にこんな感じのニュアンスのシーンやイメージを思い浮かべるのではないのでしょうか。

 

 

私は、

『諦める』という単語は『絶望』を連想させます。

なぜかというと、 

剣道の練習に励んでいた時代のマインドセットのおかげで、

私は、滅多なことでは『諦める』というワードを使わないようになったからです(^^;

つまり、諦める、という言葉をきくと

「よっぽどのことがあったのでは?」

とつい考えてしまうのです。

 

 

ある友達は、

仏教の『諦観』を連想する、と言っていました。

難しい言葉なんで、goo辞書さん乗っけときます。

(そういえばこれもこないだ気づいたんですけど、googleとgooって違う?)

ていかん【諦観】の意味 - goo国語辞書

 

 

また、諦める=明らめるという解釈もあるようですね。

 

 

 

 

 

要は、

『諦める』という言葉ひとつとっても、

人によって印象が違う場合があるということです。

 

この場合、

私の例がちょっと極端すぎますが(説明がわかりやすいので、あえてこの例を使ってます)

ここで注目したいのは

微妙なニュアンスの違い。

 

 

人間、全く同じ人生を歩んでいる人はひとりもいないはずです。

育てられた親、家族環境、その他の環境、幼少時代の体験、

取り組んできた活動、仕事、周りにいる影響を受ける人、トラウマ、etc…

 

 

その人が、それまでの人生の中で

どういう場面で「諦めて」きたか?

その人にとって「諦める」とはどんなことなのか?

どんな時に、どんな気持ちの時に「諦める」という言葉を使ってきたか?

それによって全くニュアンスが違うはずなのです。

 

そして、私はこれを考えた時に、

「物事の考え方は人それぞれ、までは気づけるけど、

 言葉のニュアンスの違いまで考えてる人ってどれくらいいるのかな?」

と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「物事についての捉え方は人それぞれ、ってのは、知ってたつもりだったけど…。」

「単語だけですら、人によって印象が違うのか。」

「そんなとこまで気にして生きてる人っているのか…?普通しなくね?」

「しかもそしたら物事の捉え方なんて、本当に千差万別じゃない?」

「でも、人の話を聴くって、そういうことじゃない?

 自分が受け取るニュアンスと、

 相手が伝えようとしてるニュアンスがずれないように

 細心の注意を払うのが、本当に聴くってことじゃない?

 

 

 

 

「聴くことって、こんなにも難しいのに

 お互いに喧嘩腰で、

 互いの意見を主張し合う意義って何?」

「相手の準備が出来てない時に、

 いくらわかってほしいからって

 相手にぶつけるように自分の意見を言うのって、

 相手に失礼だし、

 何より馬鹿らしくならない????

 相手が、何もしないで自分のことわかってくれる確率って相当低いよ???」

 

 

 

こう思った時から、

私は、誰かと会話する時に

基本的には、自分の考えをまくしたてる(喋りたくてしょうがないような状態)

ことは無くなりました。

 

初めて会った人には、

まず、こちらから質問をして話を聴きます。

相手から質問をされた場合は、もちろん答えますが

なるべく、会話を楽しむ程度の簡潔な答えを返します。

話を促された時も、もちろん話します。

でも基本は、聴いて、まず相手を受け入れます。

 

 

どうしても喋りたい、話したい時は

気の知れた仲の良い、聞き上手の友達に、

しかも事前に断ってから、喋り始めるようになりました。

「ちょっと、これから一方的に喋っていい?」

 

 

 

 

これを8ヶ月間続けていますが、

聞き上手に近づくだけでなく、

格段に、自分の話を聴いてくれる人が増えました。

心なしか、以前よりも友達との仲も深まったような気がしています。

 

良い気づきだったなと、今ではよく思い出して

友達に訊かれた時は

この説明をしています(^^)

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、

もっと気をつけている事はあります。

今日気づいた事は、

カウンセラーになろうとしてから、1番初めに気づいたことです。

 

 

 

 

 

2番目について、また明日。

読んでくださって、本当にありがとうございました。

 

 

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